「勉強ができる」と「頭がいい」は、同じ?——受験の暗記 vs 現場で創る「本当の知恵」


こんにちは、ハピコチ❀あさえです。

私が博士号を持っていると言うと、「やっぱり勉強が好きなのね!」とよく言われるのですが、そのたびに心の中で「……いや、そうじゃないんだけどな💦」と違和感を覚えてしまいます。

私が思う「勉強ができる」って、「すでに分かっている正解をどれだけ綺麗に覚えているか」つまり「記憶力がいい」と同義に思えるんです。私的には「勉強は受験のためするもの」で、受験に必要だからしてただけ。ただ単にモノを覚えることは面白くないので暗記科目は嫌いでした。なので、獣医学科を受験するのに完全な暗記科目の生物は選択していませんでした(笑)。

でも、生物学ってまだまだ未知の領域が山ほどあるんですよね。この一つにドはまりして、自分で真理を追い求めて博士号を取ってしまったんですよ。

ここで一つ、皆さんに問いかけたいことがあります。

「勉強ができる」と「頭がいい」って、同じことだと思いますか?

結論から言うと、この二つはまったくの別物です。

世間でいう「勉強ができる人」は、決められた正解やマニュアルを綺麗にインプットして、テストという枠内で高得点を出すのが得意な「処理能力の高い人」です。

でも、本当に頭がいい人(現場で使える人)は、マニュアルのない混沌とした現実を自分の頭で解体し、自分なりの「仕組み(自論)」をゼロから組み立ててしまいます。

だからこそ、「いい大学を出たのに、いざ社会に出たらなんだか使えない人」が結構いるのは、まさにこの違いからきているんだなと痛感します。綺麗な、誰かに教えられたレールの上を走るのは得意でも、目の前のトラブルや予測不能な現実を自分の論理で打開する力がなければ、現場の荒波の前では立ち止まってしまうんですよね。

教科書やマニュアルだって、結局は「書いた人がその方法でうまく行ったという結果のあとがき」にすぎません。人間にはそれぞれ合う・合わないがありますから、本当にできるようになりたいなら、マニュアルに縛られるのではなく、「自分に合わせた方法や論理を見つけ出すこと」が一番の近道なんです。

実際、人材育成の本にはよく「褒めて育てる」と書かれていますが、私には大げさに褒めるなんて照れくさくて到底できません。

それでも、今個別指導で教えている生徒たちは、「先生に褒められている!」と感じて目を輝かせてくれています。

……と言っても、私は変なお世辞を言っているわけではなくて、ただ「客観的に見た事実」を伝えているだけなんです。

「自分にはできない」と思い込んでいる子が多いのですが、よく見ると基本のキホンはきちんと押さえられている。だから、それを「基本は理解できているよ」と事実ベースで伝えているだけ。それだけで、子どもたちの「できない」という心のフィルターがスッと外れていくのです。

世の中のルールやマニュアルに振り回される必要なんてありません。

目の前の現実を自分の頭で解体し、自分なりの「楽をして本質に辿り着くロジック」を見つけていくこと――それこそが、本当に頭がいいということなのだと、日々の現場で生徒たちと向き合いながら実感しています。

皆さんも、誰かが決めた「お勉強」の枠にとらわれず、自分をラクにしてくれる「生きた自論」をどんどん見つけてみてくださいね!

――いかがでしたか?

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